超短篇小説

フィクションです。

No.10 僕、ウェイの土地に上場します。

 何も取り柄がないことが悩みだった。高校卒業後は興味もないようなアルバイトを転々としていたが、これといった職を手にするまでには至らなかった。中学生までは本気で松阪牛になることを夢見ていたが高校に入り担任に相談すると「君のその頭と顔だと厳しい。」と門前払いを受けてしまった。頭は兎も角、顔でそういう判断を下されたことがとても悲しかった。とはいえ反論の余地はない。顔もスタイルも自信はなく、そしてファッションにも疎かった。

 そんな僕に転機が訪れたのはついこの前のことだ。友だちも数少ない僕だったが幼少期からずっと仲良くしている人間がいた。彼の名はサム。彼は普段から僕とつるんでいたのに何故か真逆の人間だ。容姿端麗で某有名大学に進学し松阪牛になるために日々勉学に励んでいる。先日、たまたま駅で彼に会った。全身黒の割にはひと目でオシャレと分かる服装で彼の188cmある身長は輝きさえ放っているようだった。その中でも黒のハットに僕は目が行った。思わず「この帽子はどこで買ったんけ?」と尋ねてしまっていた。すると彼は「これけ?JOJOTOWNさ!」と爽やかに答えてくれた。聞いた段階ではそれが何なのかさえ自分には分からなかった。家に帰り「JOJOTOWN」でググった。するとファッションのための通信販売サイトだとわかった。クーポンなどもありどうやら安く買えることもメリットであるようだ。その中でも一際光を放つ0円の文字を見つけた。JOJOSUIT。体型計測スーツ。無料の割には水玉模様でかわいらしい。これに一目惚れしてしまった僕は早速会員登録を済ませて注文した。届くのが待ち遠しかった。

 1週間経って、真っ黒な箱に包まれたそれは遂に届いた。待ち遠しすぎて7日間、寝ずに過ごした。断食もした。ウキウキでJOJOSUITに袖を通した。しかしサイズ感がおかしい。ぶかぶか、までは行かないものの予測していたよりも極めて大きなサイズだ。断食の成果である。痩せたことに喜びを感じつつも待望のアイテムが手に入ったにも関わらずサイズがフィットしないことへの憤りも感じていた。電話で抗議しよう、そう考えた僕は電話をかけた。

 「もしもし、こんにちは。おこです。サイズが、サイズが合わねぇんだよ!」

 「お客様、落ち着いてください。順を踏んで対応させていただきますので。ご購入された商品を教えてください。」

 「商品って何だ、商品って!品物だろ?まぁいい。言えばいいんけ?JOJOSUITだ。これが俺に合わない、ぶかぶか過ぎるんだよ。」

 「いや、は?それはおまえが入力ミスったとかじゃねーの?おまえのサイズで注文しとるんやぞ。合わんことがあってたまるか?お?」

 「い、あ、あ…。すみませんでした。嘘だと思われるかも知れませんが最後まで聞いてほしいです。。実は届くまでの1週間、断食をしたんです。これはダイエットとかじゃないです。単純にこのJOJOSUITが届くのが待ち遠しくて。気持ちは抑えられず夜も眠れませんでした。すると自然に食欲も落ちて。当然体重も落ちてしまったのです。その結果がこれです。心待ちにしていた衣類のサイズが合わなくなった。僕は悲しい。僕は非常に悲しみに暮れているんです。無理を言うようですが商品の交換をお願いできませんか…?」

 「そ、そんな過去があったなんて…。何も知らずに罵詈雑言を浴びせてしまった自分を思い切り叱りたい気持ちでございます。弊社でのこのサービスはネット販売ということもありお客様のお顔は一切見えない中での商売となっています。それ故にお客様たちがどんな心情で商品の到着を待っているのかは分かりかねます。とはいえこれまで何億件と対応してきましたが恐らく、恐らく貴方ほど楽しみに待ってくださっていたお客様は居なかったのではないでしょうか。本当に申し訳ないことをしました。しかし今回の場合は明らかに貴方のミスであるため交換申請は受諾できません。」

 「はぁ。そうですか。わかりました。丁寧なご対応をありがとうございました。失礼します。」

 残念ながら商品交換の交渉は決裂に終わった。食べまくって元の体型に戻ることを決意し、食材の購入のために家を出たのであった。

 買い物を終え、帰宅すると手っ取り早く料理をし、全ての料理にマヨネーズをかけて食事をとった。とても食えたものじゃない味になったものもあったがこれもJOJOSUITを着るためだと考え、がむしゃらに食べ進めた。こんな生活を2週間近くしたところ、元の体重に戻った。以前は少しあった筋肉が全て脂肪へと変化を遂げたが体重としては戻った。

 そして。鏡の前に立ちいよいよ試着をした。サイズが合う。心を躍らせるような水玉模様で自分の身体に絶妙にフィットするこの衣類は僕の心をときめかせた。

 次の日は大学でゼミの発表がある予定だった。大勢の前に立ち、発表をしなければならない。内容に自信が無かった僕は服装で勝負に出ることにした。そう、JOJOSUIT登校だ。上下が繋がっているこの素晴らしい水玉模様のスーツで臨戦するのだ。ゼミにはオシャレなウェイが大勢いる。その中でいつも浮いていた自分が明日はウェイだ。その未来を想像しニヤケが止まらないのだった。

 そして。意気揚々とJOJOSUITに身を包んだ僕はアパルトマンを出た。いつもは下を向き静かに歩く道を顔を上げ、スキップも交えながら歩いた。身だしなみ効果か、いつもは振り向きもしないような人たちが驚いたような目でこちらを見つめている。「いつもダサいあの人、今日すごくオシャレ!」とでも思っているのだろう。大学までは徒歩で約3時間だった。2時間くらいが経過した頃だろうか、僕は異変に気がついた。通行人がこちらを指さしてゲラゲラ笑っているのだ。状況が理解できない。まさかスーツにタグが付いたままだったのかと慌てて確認してもそんなことはない。歩くと笑われるのか、それともこの環境下に存在しているだけで笑われているのか。何もわからない。ゼミの時間が迫ってきているのを確認して再び僕は足を進めた。

 大学へ着くとキャンパス内はいつものようにウェイで溢れ返っている。噴水の前で自撮りをする女、校舎の壁でボルダリングをする男、「これであなたもウェイ!」などと書かれたチラシを配る弊学特有の謎サークルの人間。様々な人種がそこには存在していた。教室へ向かう途中で授業開始のチャイムが響いた。小走りで教室へ行く。ドアを開けるともう教授以外は揃っていた。皆の視線が一気に自分に向いていることが明確に分かった。しかし今日の僕は一味違う、それはもちろんJOJOSUITを着ているのだから。しかしサムを始めとする全人間がゲラゲラと笑う。それもこちらを指さしてながらだ。デジャビュ。登校中にも同じようなことがあったことを思い出した。流石に違和感を覚えた僕はサムに尋ねる。

 「なぁサム、俺、なにかおかしなところ、あるか?」

 サムは即座に答えることはしなかった。

 「なぁ、聞いとるけ?俺おかしいか?」

 徐にサムは僕に言う。

 「あぁ、おかしいね。はっきり言って異常だ。舐めてるのか?どうなんだ、答えろセバスチャン。」

 僕は何が何なのか分からなかった。急に怒られた。

 「遅れてきたことか。確かにそれは申し訳ない。俺、今日は発表の日なのに遅れるなんて、そりゃみんな怒るよな。すまん!」

 「いや、は?」

 「え、は?」

 「おまえのその服装を言ってるんだよ。第一、おまえは怒られている以前に馬鹿にされて笑われてるんだ。自覚はあるか?」

 「服装って。冗談は寄せよサム。君が教えてくれたJOJOで買ったんだぜ。オシャレだろう?この水玉模様と言い、この上ないサイズ感といい。こんなモノ、なかなか手に入らないぜ?サム、おまえも早く買うべきだ。売り切れちゃっても知らないぞ。」

 「心配無用。それはもう持ってるよ。」

 「でもおまえがこれを着てるの見たことない気がするなぁ。着てきたこと、あったっけ?」

 「ねぇよ。俺に限ったことじゃない。これ買った人間は誰も外に着て行ったことはない、断言しよう。」

 「どういうこと?」

 「あくまで体型測定スーツ、なんだぞ?それを私服にするって何考えてるんだ?」

 「え…?だってこんなにオシャレだし…。」

 「だからおまえはいつまで経っても取り柄がない人間で松阪牛にもなれないんだ。幼馴染としてがっかりだよ。セバスチャン、大学も辞めるべきだ。」

 「そんな…。酷いよサム。サムがエベレストで寒くて死にそうな時も中国で参鶏湯を食べて火傷した時も助けてやったじゃないか。この窮地の僕を今度は君が助けてはくれんのか?」

 「おう、助けない。自立しろセバスチャン。」

 「…。」

 「俺はおまえに期待してるんだ。花開くまで君を見守り続けたい。君はもう手助けが必要な歳じゃない。」

 「期待するから助けないの?見守ってくれるの?」

 「あたりまえだろ。幼馴染とはそういうもの。必要な時も不要な時も必ず付いて回るよ。」

 「サム…!」

 「ゲタン…!」

 「ゲタンは違うだろーーー!俺はセバスチャン!」

 「ふへへ。てへ。」

 こうして自分の服装が壊滅的であったことに気付いた僕は恥ずかしながらもゼミの発表をした。やはり誰にもウケることはなかったが清々しい気分だった。

 数日後、僕はサムとディナーに行った。そこでファッションのことを教わって、再びJOJOTOWNを利用した。たくさんの衣類が届き、サムの指導のもと、僕はオシャレに着こなす。それからはウェイ系の友だちもかなり増えた。大学へ通うのが楽しい。加えて松阪牛の研究をしている教授の研究室に入ることも叶った。僕は今日も生きる。松阪牛になるために。