超短篇小説

フィクションです。

No.3 タピオカミルクティー (2)

 No.6の続編です。ですので6を見てない方はそちらを先に、どうぞ。

 

~タピオカミルクティー~

 

 遥子は4階の教室へと向かっていた。彼女もまた、魔剤大学の学生である。この日から大量に留学生が来ることは知らされていたため彼女は心を躍らせながら大学に着弾した。とはいえ1限、2限を完璧に干し、3限からやって来たのだが。

 高校時代の遥子は根暗なウェイだった。部活はせずにバイトに明け暮れる日々。毎日が充実していた。立派なのは高校生活で無遅刻無欠席を貫いたことだろう。ウェイグループにいた面々は皆平気で学校をサボタージュ致したり脱獄したりをしていただけに彼女の頑張りは認めざるを得ない。とは言え頭の方は良くなかった。成績も300人中の390位から398位を行ったり来たりしていた。進路を決める時期になると彼女は勉強に力を入れた。遊んでいた仲間は当然の如く就職の道を選んだ。しかし遥子には夢があった。宇宙人の教師。それが彼女の抱いた夢である。倍率はもはや存在しない。幼少期から宇宙に関する本を多読し関心を深めていった。7月の半ば、彼女は先生に言った。

 「友だちはみんな就職を選んだ。でも私は進学したいです。夢を諦めきれない。」

 「遥子、それは素晴らしいことだ。夢は追いかけていれば決して逃げることはない。追うのをやめたらそこでぽやしみだ。そう、ぽやしみ。」

 「マ?でも今から勉強しても合格できる大学があるとは思えなくて…。」

 「確かにおまえの頭じゃどの大学にも合格は無理だろうな。もちろん、専門学校もだ。しかしそれはあくまでもデータ上の話だ。おまえには運がある。」

 「運…?」

 「うん。」

 「マ?」

 「思い出してみろ。教室にツキノワグマが2頭入ってきた時のことを。あの時はジャンケンで勝った1名が代表して熊退治をすることになっただろ。あの時おまえは持ち前の強運でそのジャンケンを制した。あいこにもならずに1発のチョキでクラス全員を仕留めたよな?あれには先生もお手上げだったよ。」

 「あれは運が良かった内に入るの…?」

 「そらそうよ。」

 「なんかわかんないけどわかった!とにかくやれるだけやってみるよ。で、おすすめのダ、教えてクレメンス。」

 「魔剤大学、都内の大学だ。」

 「聞いたことなくて草」

 「帰ったら調べろ。きっとおまえを受け入れてくれる大学だと思う。入試形態は一般と推薦があるが一般じゃ無理だ。推薦を目指そう。面接ガチれば即合格のぬるいやつだ。」

 「了解。がんばりまつ!」

 こうして遥子は魔剤大学の面接を受けることに決めた。魔剤大学の面接は夏と冬に2回ある。いずれも1次を通り2次を勝ち抜く必要があるシステムだ。1次も2次も同日に行なわれる。夏の推薦の締切がもう目と鼻の先に迫っていることに気付いた彼女はすぐに書類を提出した。

 夏の推薦入試当日。どんよりとした快晴の中レインコートに日傘の独創的ファッションで会場へ足を運んだ。順番はすぐに回ってきた。

 「登竜門遥子さん、どうぞ。」

 「失礼します。受験番号34、登竜門遥子です。」

 「こんにちは。早速ですが今気になっている芸能人を教えてください。」

 「ロバートグリーンです。」

 「(誰やそいつ…)どんなところが気になるのでしょう?」

 「顔ファンです。それだけです。」

 「わかりました。ありがとうございます。私の知らない芸能人のようなのでこの1次面接終了後に調べておきます。次に趣味を教えてください。」

 「はい。ラーメンのスープに浮いてる円の形をした油がありますよね。あの油同士を箸でひたすら繋げて大きな円の油を作ることです。」

 「(わけがわからない…)なるほど、私はやった事がないので1次面接終了後にラーメン屋を訪ねてやってみます。最後に高校で頑張っていること、教えてください。」

 「登校することです。友だちは皆学校に来なくなりました。私も休みたいですがここで脱落するわけにはいかないので頑張って行ってます。はい。」

 「強い心を持っているようですね。熱が伝わりました。1次面接は以上になります。13時に合否を貼り出しますのでそれまでお待ちください。」

 「ありがとうございました。失礼致します。」

 彼女自身、手応えは感じていた。言いたいことは全て言えたことで達成感も溢れていた。

 13時。合否の書かれた紙が正門近くの池の近くに貼り出された。34、その数字はどこにもない。それどころか3や4の付く番号の受験者は誰ひとりとして受かっていない。

 「落ちて草」

 先生と両親にそのLINEを送った。両親からのメッセージはすぐに届いた。

 「流石に草」

 先生からのメッセージは家に帰り両親と話している時に到着した。

 「マかぁ、マなのかぁ。冬に受かろうな。」

 夏の暑さのせいかとても熱意のある文章に感じた。その後の両親との話し合いの末、冬にもう1度魔剤大学を受験することに決めた。ここしかない。決心は堅かった。

 そして人生をかけた冬の受験日。この日は都心でも氷点下を記録するなど寒すぎた日だった。前日の雨によって形成された水たまりには氷が張り、受験生は決して滑ることのないようにそっと抜き足差足で歩いた。そんな中を堂々と歩く遥子は転倒し幸先の悪いスタートとなった。会場は夏よりも人がいてカオスだった。名前がコールされるとアカデミー賞受賞者のような足取りで部屋へ向かった。

 「11番、中へ、どうぞ。」

 「失礼しまつ。」

 「(しま “つ” …?)ゴホン、おはようございます。」

 「おはようございます、質問あくしろよ。」

 「はい。今回は質問は一つです。しっかり答えてください。道端にダンボールがあり、中には子犬が1匹入っています。あなたはどうしますか?」

 「そうですね。箱を持つでしょう。そして家に持ち帰ります。犬はとりあえず役所に連絡して対応してもらいたいですね。ダンボールはゴミの収集日を待って処分したいと思います。」

 「なるほど、以上です。12時の合否貼り出しを待っていてください。」

 そして12時。貼り出された紙を見に行くとそこには11番の文字が掲示されていた。1次面接合格。午後の2次面接の切符を得た彼女は満足げな表情で転んだ。次の2次面接は14時からだった。昼食を済ませダラダラ床で寝ていると呼ばれた。

 「11番、入室して、どうぞ。」

 「マ?失礼しまつ。」

 「こんにちは、1次面接合格おめでとうございます。これから2次面接に移ります。質問は1つのみです。では始めます。魔剤大学を志望した理由を教えてください。」

 「はい。私はとても頭が良くないです。でも夢があって諦められないです。その夢は宇宙人の教師です。その夢を叶えるには国際的な経験も必要だと考えました。そのためにはやはりこの大学は視野に入りました。さらに、偏差値は鬼低いので私にピッタリだと感じました。ここしかない。神様が告げている様でした。以上が志望動機です。」

 「あっ(困惑)ありがとうございました。退出して、どうぞ。17時に結果を貼りだします。」

 17時、正門前はザワザワしていた。少し遅れてやって来た遥子の目は5分ほど探してようやく11番の文字を捉えた。合格。目は死んでいるが心は喜んでいた。

 あれから数ヶ月。この夏の魔剤大学の構内に遥子はいる。これから始まる留学生との交流を心待ちにして3限の授業を受けていた。遂に明日の1限で留学生と対面することになる。北海道で食べる海鮮丼の上に乗ってる捌きたてのイカのように手足を躍らせて明日を待つのであった。

 

No.2 タピオカミルクティー (1)

 前回の 「オニオンとかいう玉ねぎ」 、想像以上の高評価を頂きとても驚いています。こちらとしても手応えがあった作品ではありますが反響が大きくてさらなる自信に繋がりそうです。

 今回も同じような、所謂 “小説” のスタイルでの投稿にしてみたいと思います。ハードルがだいぶ上がったように感じますが読者様の御期待を裏切らないよう、全身全霊で精進していきますので温かく見守ってくださればと思います。

 

~タピオカミルクティー~

 

 突然の大雨に駅前の群衆は皆一斉に駆け出した。鞄を頭の上に置き身を守るサラリーマン、ここぞとばかりにスマホ片手に写真や動画を撮るSNS中毒者、何も着ずに身震いする犬と折りたたみ傘を広げる飼い主。スクランブル交差点は多種多様な人に溢れた。ここ数年で多発しているゲリラ豪雨だ。魔剤大学の留学生、ストラスブールもそこにいた。彼は名前からわかるようにフランスから魔剤大学に留学してきた。幼馴染みに日本人がいたためか、若かりし頃から日本には興味があり、来日を夢見てきた。高校時代は受験勉強の傍ら、独学で日本語の知識を徐々に蓄えていった。結果として彼はアルザス地方の某大学に主席として入学した。入学の決め手はやはり “日本文化専攻コース” の存在だ。日本の文化を学ぶとき、彼はいつも笑顔でいた。それくらい日本を愛していた。そして夏、遂に半年間の留学するチャンスを得た。正式に留学が決定したのは朝5:00にかかってきた電話だった。彼はベットから飛び上がる際に着地に失敗し左肘を骨折しながらも笑顔で受話器越しの声を聴くのであった。

 「モシモシィ、アナタノ リュガク キマリネ!」

 「オー、マ?ナントイウ ダイガクネ?」

 「マザイダイガク デスネ」

 「キイタコトナイネ、ガンバルヨ。サンキューネ!」

 魔剤大学。有名大学ではなく当然彼らは知らなかった。しかし留学生が年間10カ国100人程度集まるインターナショナルな大学なのだ。もちろん日本人が主体ではある。日本人が留学生とタッグを組み日本文化について彼らに教える。ランチを共にしたり共同の家に住んだり、一緒に旅行に行くこともある。こうして互いに接し合うことで双方の文化について自然に知識を深めることができるのである。

 7月25日、羽田空港国際線ターミナルには凛とした表情のストラスブールがいた。吉野家で牛丼を摂取すると休む間もなく京急本線に飛び乗り品川まで移動し、山手線を酷使して渋谷の地に降臨した。15時52分、渋谷駅を出て大きく深呼吸を果たした。かの有名なハチ公をガン見して頭を一つ叩いてみせた。

 「セイチョウ シタデスネ、ポチ公!」

 近くにいたJKが彼の間違いに気付くと直ちに修正を掛けた。それでも直そうとしないストラスブールに余程頭に血が上ったのかJKは初対面にも関わらず彼のかかとにエルボーを見舞った。肘をかかとにぶつけるのは極めて難しいことである。ストラスブールは何食わぬ顔でその場を後にした。スクランブル交差点からTSUTAYAが見えたその時だった。肩甲骨のあたりに潤いを感じた。雨だ。唐突に降り出した雨はすぐに勢いを増し、路面に打ちつけた。

 「オー、クサ!イヤ、チガウネン、カサ!」

 彼は傘を求め98デシベルの小声で叫んだ。するとコックさん特有のあのなんか妙に長い白い帽子を装備した38歳7ヶ月くらいの紳士が傘の中に招き入れた。

 「HEY!いらっしゃい。」

 「ヨォ、ミカケニヨラズ ヤサシイネ!」

 とても気さくな男性は銀座にあるという彼の店にストラスブールを連れて行った。店内には窯やトマト、ピザの剥製が置いてありピッツァ屋を匂わせた雰囲気であった。

 「よく来てくれたね、今日はお金はいらないよ。デイビスだ。違うな、サービスだ。」

 「オー、ソマ?ミカケニヨラズ ヤサシイネ!」

 5分ほど経ちストラスブールは鼻がツンとした。偶然鼻セレブを12箱持っていたのでやかましい様子で鼻に鼻セレブを突っ込んだ。ツンとした香りは緩和され、ストラスブールは優勝した。

 「HEY、お待ち。」

 そう言われて出てきたのはまさかの寿司だった。そう、あのSUSHIである。

 「アナタ、ピツァヤジャナイネ!?」

 「そうさ、ピザ屋風に見立てた韓国料理屋なんだよ。」

 ストラスブールはその場に立ち尽くした。ピザ屋に見立てた寿司屋という見解すら裏切られたのだ。メニューを確認すると確かにチゲ鍋やトッポギ鍋、フィッシュアンドチップスなどが記されている。もうめちゃくちゃだ。それはともかく日本文化を学びに来日してきていきなり寿司が食べられるのは彼にとって喜ばしいことだった。皿の上には左から穴子、玉子、中トロ、玉子、穴子

 「オイ、コノネタハ サスガニ アカケセ!」

 舐めたメニューだ。縦に積んだらただの寿司サンドウィッチではないか。中トロだけ妙に高値に見えて益々腹が立った。しかし彼はお腹ペコペコ青虫になっていたから息をするように食べ始めた。

 「どや、うまいか。これが日本の味や。」

 「オイシイネ。サッキ ヒドイコト イッテ ゴメン。」

 「おう。日本に来て食べる日本食は格別だろう、そうだろ?」

 「セヤナ、カンドウシタ。」

 「この魚もこの玉子も全部、俺の知り合いの農家が育てたんだよ。365日、汗をかきながら俺の店は勿論、日本の食を守るために働いている。これを考慮した上で食べると温かみがわかるよな。留学しに来たんだろ?俺は日本食の良さも学んでほしいけどこういう陰で支えてる人の事も学んで吸収して帰って欲しいと思ってる。」

 「フカイ…。コノオジサン、フカイ…。」

 「JAPAN、盛り上げてくれよな。頼むぞ。」

 「ジャパン…モリ…アゲ…。ジャパモリィ!!」

 店の中にいたこの2人を含めた2人全員が爆笑した。食事を終え、彼にお礼を言い銀座を後にした。

 まだ家はない。だからホテルに泊まることにした。アパホテルだ。値段も手頃であるのが決め手となった。

 「アパーーーーーーー!!」

 ホテルに着くと絶叫した。開放感と今日の疲れでいっぱいだった。ベッドに途中で買った生の鯵を乗せ、ドライヤーで乾かすと最後はハンガーに掛けて干物作りを決心した。

 こういった予測不可能な行動をとる彼だが、一応明日からは魔剤大学の生徒となる。伝統芸能や芸術に興味をもってきた彼だったがこの日の出来事で日本食にも興味をもった。この時既に和食を彼の研究テーマにしようと心に決めていた。そう思いシャワーを浴び布団に入った。にわかにかかと付近に激痛が走ったがそんなことは気にせずに安眠した。

 彼は夢を見ていた。寿司のネタになる夢だ。メニュー表にはマグロ1,000円、玉子200円に続けてストラスブール1,500円と書かれている。自分の希少価値に浸りながらこれから始まる半年間の日本での生活及び魔剤大学での学生生活を楽しみに待つのであった。

 

2017.9.8

 

 

 

No.1 オニオンとかいう玉ねぎ

 こんばんは。そしてお久しぶりです。

 本日はレシピではなく感動の作品をお届けします。涙腺の準備はいいですか?涙腺11本あっても足りませんよ。覚悟を決めてお読みください。

 

  ~オニオンとかいう玉ねぎ~

 

 ここは都内にある18階建てのタワーマンション。この12階の8号室に住んでいるのは美蘭田一家。父のジョニー、母の梢、一人娘の奈名湖の3人で生活を営んでいる。ジョニーは浅草で人力車のパイロットをしており平均退社時刻は22:30頃。母は週2回スカイツリーの麓で15:00から16:00まで大道芸人のパートをしている。奈名湖は習い事も特にせず小学校が終わると帰宅しソファの上で魅力もないような生活を送っている。

 そんな何の変哲もない生活を送り続けてきたこの一家に出来事が起きたのは7月も終盤に差し掛かった25日のこと。この日は朝から外で蝉が鳴いている程の酷暑の日だった。

 「ママァ、今日の味噌汁しょっぱいよ!」

 「あら、ほんと。間違って海水で作っちゃったみたい。ごめんなさいね。」

 「ほら、2人とも喋ってないで食べなさい。」

 こんな平和な朝だった。ジョニーはその後前日の夕刊と今朝の朝刊を音読してから足早に浅草へと向かって行った。父を追うように奈名湖もランドセルを背負い小学校へと駆け出して行った。1人家に残った梢は食器を洗い、洗濯を済ませた。

 「この天気なら洗濯物も10秒で乾いちゃうわ。」

 そんな独り言を言い放ち、徐にカーペットに掃除機をかけ始めた。ソファの陰からは奈名湖の47点の国語のテスト、ジョニーのものであろう浅草近辺のマップが出てきたが何振り構わずに全て掃除機で吸い取ってみせた。温度計を確認すると39℃と表示されている。汗を拭って掃除機のラストスパートをかけた。

 「39℃は暑いね、私の平熱と同じくらいね。って、それじゃ毎日インフルエンザじゃない!」

 誰も突っ込んでくれない孤独な昼下がり。悲しみに明け暮れながら紅に染まったミートソースを頬張る。この日は特殊なシフトを敷かれてしまい14:00から16:00までの鬼のパートが組み込まれている。歯を磨き、化粧を済ませるとパート先の押上まで半蔵門線を酷使して向かった。途中で清澄白河で降りたくて降りたくて仕方がなくなったがその気持ちを押し殺して押上に到着した。

 その頃、奈名湖は既に帰路についていた。いつも以上の暑さで精神も降参してしまい遊びの誘いも全て決裂させた。ランドセルの小ポケットには3万2000円が奉納されていた。それに気付いた彼女は途中のスーパーに寄って新作のバニラアイス味のバニラアイスを買い、華麗に頬張りながら家に戻った。ランドセルを部屋に置き、リビングに向かうとソファでいつものように眠りについたのであった。

 一方のジョニーは汗だくで人力車のパイロットを務めていた。この日は世間が夏休みに入った影響で観光客も一段と多かった。北は旭川、南は屋久島からの観光客だった。ジョニーの人力車は白い。それは彼が白熊が好きなことに起因している。自分で白く染め、社長からは雷を落とされた。しかし彼の愛くるしい表情は社内ウケもよく気が付けばそれは許されていた。

 梢が帰宅すると16:39だった。

 「ただいマ?」

 「おかえり〜」

 「起きてたのね。びっくり。」

 「さっきぽきた。」

 「ママこれから夕飯の買い物に行くけど奈名湖も来る?」

 「宿題やるからお留守番してる。」

 「了解。今晩はカレーにするわね、お楽しみに。」

 「やったー、間違っても海水で作らないでね。」

 「はいはい。行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。」

 買い物とは言っても切らしていた玉ねぎ、人参、ジャガイモを買えば良いだけであった。家から徒歩3分の八百屋に自転車で10分かけて辿り着いた。買いたいものを買い、序に安いと感じたミニトマトを購入して帰った。家に着くと帰る時間が遅いはずのジョニーが帰宅していた。

 「いや、は?もう帰ってたの。おかえりなさい。」

 「午後になったらバテちゃって。少し具合が悪いからイキって途中で退勤しちゃったよ。」

 「そう。無理しないでね。食欲は?夕飯はカレーだけど。」

 「マ?食欲あまりないけどカレーなら山ほど食ってやるよ。」

 「了解しちゃうね。」

 夕飯の支度を始めようとすると珍しく娘が手伝いに来た。

 「ママは玉ねぎ切るから奈名湖は人参切ってちょうだい。包丁の使い方には気を付けるのよ。」

 梢が玉ねぎを切り始めた。すると梢の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。玉ねぎを切る度に涙の粒は大きくなり、次第に量も増えた。

 「ママ?ママ?泣いてるの?ねぇ、どうして?辛いことがあったの?」

 「玉ねぎを切ると涙が出るのよ。」

 いつも元気に振る舞っている母の涙を初めて見た奈名湖はその様子に耐えられず思わずもらい泣きをしてしまった。2人の様子を見に来たジョニーは呆然とした。しかしジョニーも妻の涙を見るのは数年ぶりだった。気が付けばキッチンで家族3人、大泣きしていた。流した涙でお味噌汁が作れるのではないかというくらいに。

 数時間後、夕飯は完成した。涙によって家族の絆が深まった。食卓にはカレーが置いてあるが、そのカレーに玉ねぎは入っていない。結局入れ忘れてしまったのだ。3人はそれに気が付き再び泣いた。

 「手を合わせて、いただきます。」

 「いただきます。」

 「いただきます!」

 

 玉ねぎが、オニオンが、この家族の絆の結晶となったのである。末永くこの家族は幸せで在り続けるだろう。これから先も玉ねぎを切る度にこうして絆が深まるのだから。

 

 この夜、みんなが寝静まるとジョニーは思い出したようにスレッドを立てた。

 

 「オニオンとかいう玉ねぎwwwwwwwww」

 

2017.09.06