超短篇小説

フィクションです。

No.8 ニコニコパウダー卍

 降り続く雪と暴風に煽られながら帰路を歩いていた。家賃が540円。そう聞いて入居したのは1LDKの救急車。メリットは365日風邪を引いていても安心であること。デメリットはメリットを除く全ての事象。備え付けの火災報知器は呼吸をし二酸化炭素を排出しただけで反応してしまう優れ物だ。当然この環境では温かい料理は食べれないのでほぼ毎日外食をしている。

 彼の名は熱板太郎。あだ名はもちろんホットプレートだ。この国屈指の豪雪地帯で大学に通っている。春夏秋は草むらに迷い込んだイルカを助けるバイト、冬には錦鯉に餌をあげるバイトをして収入を得ている。前者の時給は3,600円、後者は198円。ただこの仕事を2年続けているがイルカが草むらに迷い込んでいるのを助けたことはまだ8回しかない。それでも1体助けるのに10時間は要するので約300,000円は稼いだことになる。一方の錦鯉に餌をあげるバイトは本当に稼げない。10時間働いても1,960円は流石に草。ここの最低賃金は140円なのでそれと比べるとマシではあるのだが。大学では生物系のヲタクをしている。元々生態系には興味があって研究を続けているといったところだ。現在は冬期休暇で自動車学校に通っている。家が救急車であるのにも関わらず免許を持っていない。

 この日は家(救急車)に帰ると暇だったので火災報知器を壊した。そうすることで思う存分に料理ができると考えたからだ。自炊経験はほぼ無かったが徒歩49秒のところにスーペルマルシェがあったので材料を買いに出かけた。冬なので野菜は高いが栄養のことも考え、しっかり購入した。

 救急車に戻り支度を始めた。調理器具を使うのもとても久しぶりで慣れない手つきで時間もかかった。煮込み始めた時だった。外から親子の声が聞こえた。

 

「マ、ママァ〜〜〜!美味しそうな匂いがする!」

「マ?ほんとだ、でもこれ救急車よ。この中で何か作っているとは思えないわ。」

「いや、は?絶対ここだよ。少し覗いてみようよ。」

 

 次の瞬間、扉が開きその親子は車内に入ってきた。彼は驚いた。しかし結局この親子に料理を振る舞うことになった。出来たてのスープカリーはまだグツグツと音を立てていた。

 

「いただきます!」

 

 3人は手を合わせ一口食べた。

 

「うますぎて草!うますぎて草!」

 

 3人は声を揃えて言い放った。深みのある味わい、入れたわけでもない魚介の風味が彼らの味覚にアプローチを繰り広げたのである。ママは言った。

 

「あのぉ…良かったら私と2人でお店…開きません?」

 

 太郎は困惑した。突然にも程がある。しかも身分は学生だ。開業の仕方だってわからない。どこで?どうやって?そして儲かるのか?

 

「っしゃ、やりましょう!」

 

 ノリで答えた。ママは喜び息子は何故かその場で跳ねていた。話をするとママは過去に自分の店を開いた経験があるらしく開店に向けての準備は全てやってくれるとのことだった。その言葉に太郎は安堵した。大学は辞めることにした。と言うのも学生生活はいまひとつ楽しめていないし将来に希望も持っていなかったからである。そしてありえん意味不明なバイトも辞めたかったこともある。一か八か、人生の賭けに出ることを決意した。

 

 「じゃあ私は開店するにあたって金がないのでATM行ってきますね。」

「何円くらいおろすおつもりです?」

「いや、は?ATMは熱海やぞしっかりしろ大学生!」

「あ?マ???????」

 

 真相はこうだ。熱海で店を開くつもりだということ。それは熱海に彼女の金庫があることも起因している。金庫には3万6,000円入っているらしい。明らかに足りなくて草。

 

 時は経ち半年後。穏やかな熱海の海沿いの崖の上にはスープカリー専門店「モスキートうどんちゃん」がそびえ立っていた。オープン当日には地元の人、観光客など延べ30,564人が来店するロケットスタートを切った。

 

 大学を辞めてまで店を開いた太郎。なんとなく立ち寄った救急車で食べた料理をきっかけに見知らぬ大学生とタッグを組み店を開いたママ。息子のチャンも小学生を引退してここのシェフとして現在は働いている。これからも彼らは挑み続ける。ミシュランに料理が掲載される日を目指して。