超短篇小説

フィクションです。

No.7 右から5,6番目の事実

 その日私は午前8時から午後8時までパンを売っていた。皆さんご存知の通り私はぽやしみ自然公園駅から徒歩2分の場所に構えられているパン屋だ。開店時間の1時間前に店長、30分前に従業員たちがやってきた。普通、パンは仕込みから何から時間がかかるのでもっと早くから準備をする必要があるのは察しがつくだろう。しかし私はパンはパンでも食べられないパンとして有名なフライパンを売っているパン屋なのよ。木製のフライパンからプラスチック製のフライパンまで、国産のフライパンから土星製のフライパンまで多種多様なものを販売している。

 私は築87年の木造建築だ。檜の木をふんだんに使って一級建築士が建ててくれたことをしっかり覚えている。ネジも木ネジを使っており100%木製である。フライパンを売っている体内も香ばしい檜の香りが漂う。

 そんな私の身体が悲鳴をあげたのはつい先日のことだ。屋根裏部屋の骨が折れたのだ。私にとっての救急車とも言える一級建築士を店長が呼んでくれた。しかし木は既にボロボロに蝕まれていて屋根裏部屋は取り壊されることになった。私はウォンウォン泣いた。私の身体の一部が欠けてしまう。それが87年目にして初めてのことであったからか限りなく悔しく悲しかった。とは言え30年を過ぎた頃から身体の至るところに違和感は感じていた。それでもこの日まで全身全霊を捧げてきた。「限界」の二文字が脳裏を駆け巡った。それでもあと13年という想いは大きかった。

 それから2週間後、致命的な出来事が起きてしまった。午後4時18分、ビニール製のフライパンを買い求めに来た限界ヲタクが店内を歩いていた時、床が陥没したのだ。限界ヲタクはそのまま地下に落ち大腿部を骨折する怪我を負った。これにより店長は1ヶ月の営業停止を決断した。私は自分を責めた。これでは90歳になっても免許を返納しない高齢者と同じだ。私はその手の人種を酷く嫌う。しかし私はそれと同等のことをやった。精神状態はもう限界だった。

 11月某日、寒さも際立ってきたこの日私は暴れた。午前のうちに店の出口を壊し午後になると天井を崩落させた。店長や従業員には感謝をしているので全員が店内にいない時間帯を狙って暴挙に出た。創業以来87年続いた「パン屋ぱにき」は閉店を余儀なくされた。

 2ヶ月後。私は威勢の良いショベルカーとトラクターによって取り壊された。最後には店長自らがフライパンを振りかざして私の破壊に協力した。

 長く厳しい冬はまだまだこれから。保冷剤を首につけてその日をじっと待とう。まるでフライパンが寝るように。

 

(この物語はフィクションです。)