超短篇小説

フィクションです。

No.4 タピオカミルクティー (3)

 この日はスッキリとした青空に恵まれながらも大して暑くないという素晴らしい朝になった。7月26日、魔剤大学の中庭の2階席では蝉や牛、豚の鳴き声が聴こえていた。1限の授業を持つ羅針盤長三郎教授はこの中庭でのんびりとしていた。1限が始まるまではまだ-15分ある。遅刻。彼の時計は10分遅れているからのんびりしているとも言えるのかもしれない。徐に立ち上がると授業をする教室へと向かう。御年72歳。それでもエレベーターは使わずに階段のみの人生を歩んでいる。息を少し切らしながら教室に入るとガヤガヤと騒ぎ立てている学生たちがいた。とは言え机上には授業で使うものがしっかりあり、根はしっかりしてそうな者ばかりだ。

  「遅れてすまないの。では静かに。始めるぞい。」

そう言うと学生たちは静寂を取り戻した。500人収容の教室に5名もの学生が居座っている。なんだか少し殺風景な様子であった。羅針盤長三郎が受け持っている科目は “日本語開拓学” 。既に存在する日本語を派生させて日本語のヴァリエーションを増やしていくことを目的とした学問である。この学問は近年目覚ましい成長曲線を描いている。彼自身は日本語開拓に関する書籍を既に9冊書いておりこの冬にも1冊の出版が決まっている。現在のこの国における開拓学の第1人者とも言えるのが彼なのである。この授業では2人1組のペアを作って授業をする。しかし残念なことに教室内には奇数とでも言えようか、5人がいる。小学校や中学校では余った生徒と先生がペアを組むといった好プレーは度々飛び出していたのはあなたも記憶にあるだろう。だが羅針盤長三郎はこれを許さない。甘々で舐め腐った考え方だとしておりこういった行為は断じて禁止している。つまりこの教室から1人追い出さなければならない。何で判断すべきか、悩みに悩んだ末、とりあえず5人に自己紹介をさせることにした。

 「登竜門遥子、18歳。以上です。」

 「19歳、一浪した石川絵凛義です。よろしく。」

 「18歳のwやべーやつw矢部みつをでつ!w」

 「Je suis Strasbourg. J'ai 18 ans.」

 「先日誕生日を迎えました19歳、鬼怒川アンです。」

 濃ゆいメンツが集まってしまったようだ。この中から1人を追放しなければならない。羅針盤教授は悩む間もなくに追放者を決めた。

 「エリンギ、ぽめぇが大丈夫だ。名前ふざけすぎやろ。なんだエリンギって、舐めプけ?」

 絵凛義は落ち込むことも無く快諾した。この勇姿には他の4人もスタンディングオーべーションで送り出した。1人減り更に寂しさを増した教室はどこか風情があった。結局追放者を決めてこの日の講義は終わった。講義終了後、ストラスブールは教室に残りおにぎりを食べていた。みんな帰ったのかと思われた教室にはこう見えてストラスブールと遥子が残っていた。

 「ストラスボールくん?漏れ遥子、よろしくね!」

 「ヤァ! ボクハ ストラスブールネ!! ハルコ、ヨロシクヨ!」

 カーテンを閉めきったこの部屋は真っ暗だった。この環境下でおにぎりを頬張るストラスブールは人間なのか。いや、人間だ。天井では大量のこぐま座流星群が輝きを放っている。それに対応するようにストラスブールは6個目のおにぎりを食べている。そう、彼の胃袋がブラックホール。天井が宇宙でブラックホールなのにストラスブールブラックホール。因みに遥子のバイヨ先での仕事はホール担当。何故天井に星が見えるのか。それは遥子が持参したプラネタリウムのお陰からか、天井が星だ。満天の星空の下で絶え間なく流れる流星群はこれからの2人の関係を示唆するようなものであった。