超短篇小説

フィクションです。

No.2 タピオカミルクティー (1)

 前回の 「オニオンとかいう玉ねぎ」 、想像以上の高評価を頂きとても驚いています。こちらとしても手応えがあった作品ではありますが反響が大きくてさらなる自信に繋がりそうです。

 今回も同じような、所謂 “小説” のスタイルでの投稿にしてみたいと思います。ハードルがだいぶ上がったように感じますが読者様の御期待を裏切らないよう、全身全霊で精進していきますので温かく見守ってくださればと思います。

 

~タピオカミルクティー~

 

 突然の大雨に駅前の群衆は皆一斉に駆け出した。鞄を頭の上に置き身を守るサラリーマン、ここぞとばかりにスマホ片手に写真や動画を撮るSNS中毒者、何も着ずに身震いする犬と折りたたみ傘を広げる飼い主。スクランブル交差点は多種多様な人に溢れた。ここ数年で多発しているゲリラ豪雨だ。魔剤大学の留学生、ストラスブールもそこにいた。彼は名前からわかるようにフランスから魔剤大学に留学してきた。幼馴染みに日本人がいたためか、若かりし頃から日本には興味があり、来日を夢見てきた。高校時代は受験勉強の傍ら、独学で日本語の知識を徐々に蓄えていった。結果として彼はアルザス地方の某大学に主席として入学した。入学の決め手はやはり “日本文化専攻コース” の存在だ。日本の文化を学ぶとき、彼はいつも笑顔でいた。それくらい日本を愛していた。そして夏、遂に半年間の留学するチャンスを得た。正式に留学が決定したのは朝5:00にかかってきた電話だった。彼はベットから飛び上がる際に着地に失敗し左肘を骨折しながらも笑顔で受話器越しの声を聴くのであった。

 「モシモシィ、アナタノ リュガク キマリネ!」

 「オー、マ?ナントイウ ダイガクネ?」

 「マザイダイガク デスネ」

 「キイタコトナイネ、ガンバルヨ。サンキューネ!」

 魔剤大学。有名大学ではなく当然彼らは知らなかった。しかし留学生が年間10カ国100人程度集まるインターナショナルな大学なのだ。もちろん日本人が主体ではある。日本人が留学生とタッグを組み日本文化について彼らに教える。ランチを共にしたり共同の家に住んだり、一緒に旅行に行くこともある。こうして互いに接し合うことで双方の文化について自然に知識を深めることができるのである。

 7月25日、羽田空港国際線ターミナルには凛とした表情のストラスブールがいた。吉野家で牛丼を摂取すると休む間もなく京急本線に飛び乗り品川まで移動し、山手線を酷使して渋谷の地に降臨した。15時52分、渋谷駅を出て大きく深呼吸を果たした。かの有名なハチ公をガン見して頭を一つ叩いてみせた。

 「セイチョウ シタデスネ、ポチ公!」

 近くにいたJKが彼の間違いに気付くと直ちに修正を掛けた。それでも直そうとしないストラスブールに余程頭に血が上ったのかJKは初対面にも関わらず彼のかかとにエルボーを見舞った。肘をかかとにぶつけるのは極めて難しいことである。ストラスブールは何食わぬ顔でその場を後にした。スクランブル交差点からTSUTAYAが見えたその時だった。肩甲骨のあたりに潤いを感じた。雨だ。唐突に降り出した雨はすぐに勢いを増し、路面に打ちつけた。

 「オー、クサ!イヤ、チガウネン、カサ!」

 彼は傘を求め98デシベルの小声で叫んだ。するとコックさん特有のあのなんか妙に長い白い帽子を装備した38歳7ヶ月くらいの紳士が傘の中に招き入れた。

 「HEY!いらっしゃい。」

 「ヨォ、ミカケニヨラズ ヤサシイネ!」

 とても気さくな男性は銀座にあるという彼の店にストラスブールを連れて行った。店内には窯やトマト、ピザの剥製が置いてありピッツァ屋を匂わせた雰囲気であった。

 「よく来てくれたね、今日はお金はいらないよ。デイビスだ。違うな、サービスだ。」

 「オー、ソマ?ミカケニヨラズ ヤサシイネ!」

 5分ほど経ちストラスブールは鼻がツンとした。偶然鼻セレブを12箱持っていたのでやかましい様子で鼻に鼻セレブを突っ込んだ。ツンとした香りは緩和され、ストラスブールは優勝した。

 「HEY、お待ち。」

 そう言われて出てきたのはまさかの寿司だった。そう、あのSUSHIである。

 「アナタ、ピツァヤジャナイネ!?」

 「そうさ、ピザ屋風に見立てた韓国料理屋なんだよ。」

 ストラスブールはその場に立ち尽くした。ピザ屋に見立てた寿司屋という見解すら裏切られたのだ。メニューを確認すると確かにチゲ鍋やトッポギ鍋、フィッシュアンドチップスなどが記されている。もうめちゃくちゃだ。それはともかく日本文化を学びに来日してきていきなり寿司が食べられるのは彼にとって喜ばしいことだった。皿の上には左から穴子、玉子、中トロ、玉子、穴子

 「オイ、コノネタハ サスガニ アカケセ!」

 舐めたメニューだ。縦に積んだらただの寿司サンドウィッチではないか。中トロだけ妙に高値に見えて益々腹が立った。しかし彼はお腹ペコペコ青虫になっていたから息をするように食べ始めた。

 「どや、うまいか。これが日本の味や。」

 「オイシイネ。サッキ ヒドイコト イッテ ゴメン。」

 「おう。日本に来て食べる日本食は格別だろう、そうだろ?」

 「セヤナ、カンドウシタ。」

 「この魚もこの玉子も全部、俺の知り合いの農家が育てたんだよ。365日、汗をかきながら俺の店は勿論、日本の食を守るために働いている。これを考慮した上で食べると温かみがわかるよな。留学しに来たんだろ?俺は日本食の良さも学んでほしいけどこういう陰で支えてる人の事も学んで吸収して帰って欲しいと思ってる。」

 「フカイ…。コノオジサン、フカイ…。」

 「JAPAN、盛り上げてくれよな。頼むぞ。」

 「ジャパン…モリ…アゲ…。ジャパモリィ!!」

 店の中にいたこの2人を含めた2人全員が爆笑した。食事を終え、彼にお礼を言い銀座を後にした。

 まだ家はない。だからホテルに泊まることにした。アパホテルだ。値段も手頃であるのが決め手となった。

 「アパーーーーーーー!!」

 ホテルに着くと絶叫した。開放感と今日の疲れでいっぱいだった。ベッドに途中で買った生の鯵を乗せ、ドライヤーで乾かすと最後はハンガーに掛けて干物作りを決心した。

 こういった予測不可能な行動をとる彼だが、一応明日からは魔剤大学の生徒となる。伝統芸能や芸術に興味をもってきた彼だったがこの日の出来事で日本食にも興味をもった。この時既に和食を彼の研究テーマにしようと心に決めていた。そう思いシャワーを浴び布団に入った。にわかにかかと付近に激痛が走ったがそんなことは気にせずに安眠した。

 彼は夢を見ていた。寿司のネタになる夢だ。メニュー表にはマグロ1,000円、玉子200円に続けてストラスブール1,500円と書かれている。自分の希少価値に浸りながらこれから始まる半年間の日本での生活及び魔剤大学での学生生活を楽しみに待つのであった。

 

2017.9.8