超短篇小説

フィクションです。

No.1 オニオンとかいう玉ねぎ

 こんばんは。そしてお久しぶりです。

 本日はレシピではなく感動の作品をお届けします。涙腺の準備はいいですか?涙腺11本あっても足りませんよ。覚悟を決めてお読みください。

 

  ~オニオンとかいう玉ねぎ~

 

 ここは都内にある18階建てのタワーマンション。この12階の8号室に住んでいるのは美蘭田一家。父のジョニー、母の梢、一人娘の奈名湖の3人で生活を営んでいる。ジョニーは浅草で人力車のパイロットをしており平均退社時刻は22:30頃。母は週2回スカイツリーの麓で15:00から16:00まで大道芸人のパートをしている。奈名湖は習い事も特にせず小学校が終わると帰宅しソファの上で魅力もないような生活を送っている。

 そんな何の変哲もない生活を送り続けてきたこの一家に出来事が起きたのは7月も終盤に差し掛かった25日のこと。この日は朝から外で蝉が鳴いている程の酷暑の日だった。

 「ママァ、今日の味噌汁しょっぱいよ!」

 「あら、ほんと。間違って海水で作っちゃったみたい。ごめんなさいね。」

 「ほら、2人とも喋ってないで食べなさい。」

 こんな平和な朝だった。ジョニーはその後前日の夕刊と今朝の朝刊を音読してから足早に浅草へと向かって行った。父を追うように奈名湖もランドセルを背負い小学校へと駆け出して行った。1人家に残った梢は食器を洗い、洗濯を済ませた。

 「この天気なら洗濯物も10秒で乾いちゃうわ。」

 そんな独り言を言い放ち、徐にカーペットに掃除機をかけ始めた。ソファの陰からは奈名湖の47点の国語のテスト、ジョニーのものであろう浅草近辺のマップが出てきたが何振り構わずに全て掃除機で吸い取ってみせた。温度計を確認すると39℃と表示されている。汗を拭って掃除機のラストスパートをかけた。

 「39℃は暑いね、私の平熱と同じくらいね。って、それじゃ毎日インフルエンザじゃない!」

 誰も突っ込んでくれない孤独な昼下がり。悲しみに明け暮れながら紅に染まったミートソースを頬張る。この日は特殊なシフトを敷かれてしまい14:00から16:00までの鬼のパートが組み込まれている。歯を磨き、化粧を済ませるとパート先の押上まで半蔵門線を酷使して向かった。途中で清澄白河で降りたくて降りたくて仕方がなくなったがその気持ちを押し殺して押上に到着した。

 その頃、奈名湖は既に帰路についていた。いつも以上の暑さで精神も降参してしまい遊びの誘いも全て決裂させた。ランドセルの小ポケットには3万2000円が奉納されていた。それに気付いた彼女は途中のスーパーに寄って新作のバニラアイス味のバニラアイスを買い、華麗に頬張りながら家に戻った。ランドセルを部屋に置き、リビングに向かうとソファでいつものように眠りについたのであった。

 一方のジョニーは汗だくで人力車のパイロットを務めていた。この日は世間が夏休みに入った影響で観光客も一段と多かった。北は旭川、南は屋久島からの観光客だった。ジョニーの人力車は白い。それは彼が白熊が好きなことに起因している。自分で白く染め、社長からは雷を落とされた。しかし彼の愛くるしい表情は社内ウケもよく気が付けばそれは許されていた。

 梢が帰宅すると16:39だった。

 「ただいマ?」

 「おかえり〜」

 「起きてたのね。びっくり。」

 「さっきぽきた。」

 「ママこれから夕飯の買い物に行くけど奈名湖も来る?」

 「宿題やるからお留守番してる。」

 「了解。今晩はカレーにするわね、お楽しみに。」

 「やったー、間違っても海水で作らないでね。」

 「はいはい。行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。」

 買い物とは言っても切らしていた玉ねぎ、人参、ジャガイモを買えば良いだけであった。家から徒歩3分の八百屋に自転車で10分かけて辿り着いた。買いたいものを買い、序に安いと感じたミニトマトを購入して帰った。家に着くと帰る時間が遅いはずのジョニーが帰宅していた。

 「いや、は?もう帰ってたの。おかえりなさい。」

 「午後になったらバテちゃって。少し具合が悪いからイキって途中で退勤しちゃったよ。」

 「そう。無理しないでね。食欲は?夕飯はカレーだけど。」

 「マ?食欲あまりないけどカレーなら山ほど食ってやるよ。」

 「了解しちゃうね。」

 夕飯の支度を始めようとすると珍しく娘が手伝いに来た。

 「ママは玉ねぎ切るから奈名湖は人参切ってちょうだい。包丁の使い方には気を付けるのよ。」

 梢が玉ねぎを切り始めた。すると梢の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。玉ねぎを切る度に涙の粒は大きくなり、次第に量も増えた。

 「ママ?ママ?泣いてるの?ねぇ、どうして?辛いことがあったの?」

 「玉ねぎを切ると涙が出るのよ。」

 いつも元気に振る舞っている母の涙を初めて見た奈名湖はその様子に耐えられず思わずもらい泣きをしてしまった。2人の様子を見に来たジョニーは呆然とした。しかしジョニーも妻の涙を見るのは数年ぶりだった。気が付けばキッチンで家族3人、大泣きしていた。流した涙でお味噌汁が作れるのではないかというくらいに。

 数時間後、夕飯は完成した。涙によって家族の絆が深まった。食卓にはカレーが置いてあるが、そのカレーに玉ねぎは入っていない。結局入れ忘れてしまったのだ。3人はそれに気が付き再び泣いた。

 「手を合わせて、いただきます。」

 「いただきます。」

 「いただきます!」

 

 玉ねぎが、オニオンが、この家族の絆の結晶となったのである。末永くこの家族は幸せで在り続けるだろう。これから先も玉ねぎを切る度にこうして絆が深まるのだから。

 

 この夜、みんなが寝静まるとジョニーは思い出したようにスレッドを立てた。

 

 「オニオンとかいう玉ねぎwwwwwwwww」

 

2017.09.06