個性溢れる物語

フィクションです。

No.9 犬は犬でもイッヌのイッヌ

 見事な夕暮れが海の水面に反射している早朝4時過ぎ。195cmの大男が運転する軽トラックの荷台に乗せられた私はそのキラキラとした湾を眺めていた。男はまた車を運転し、今度は砂浜がある海岸へと向かった。砂浜に着くと、どこの国の言葉か分からない文字が書かれた漂着物が無数に打ち上げられており私はそれをひとつひとつ丁寧に見ているのだった。そのことに時間を忘れ夢中になっていた。ふと我に返るとそこには波音がBGMとして流れているのみで人の気配は微塵も無くなっていた。軽トラックもあの大男も既にそこにはいなくなっていた。空を見上げると分厚く黒い雲がすぐそこまで来ていた。

 

 ワイはネッコ。そう、猫だ。名前はアクアリウム。物心ついた時には野良猫となっていてどこかの島の森の奥にいた。野良猫のための島なのか、辺りを見渡すと大量の猫がいた。食料は自給自足。他の猫に取られる前に捕獲して食べなければ生きていくことさえ厳しい島だった。

 

 そんなある日、大型の木造船が島の砂浜に漂着した。中からは30人ほどの男たちが出てきた。網を持っていて彼らは私たち猫を捕獲し船に乗せた。私も捕えられた猫の1匹である。わけもわからないまま船で眠っていた。やがて2,3時間が経過したくらいの時間だろうか、船は港に到着した。男たちに抱えられて陸地へと降り立った。漁港なのか建物内にある籠の中にはたくさんの魚が入っている。空腹だった私は高そうなクエを食えるチャンスだと思いダッシュでクエの元へと走った。クエをフリーで獲得した私は骨さえ残さず綺麗に食べた。しかし食べるのに夢中になりすぎたようだ、辺りには猫の仲間は1匹もおらず男たちの視線がこちらに向いていた。なにか話し合っているように見えた。すると1人の男が私の方へ向かってきた。高身長でガタイの良い男であったためその向かってくる姿は末恐ろしく感じた。怖くて逃げることさえできなかった。見た目に合わないハイトーンな声で何か呟き、そのまま私を抱えると軽トラックに乗せられた。自分で装飾したのだろうか、独特なタッチの絵が全体に描かれている。10分ほどで彼の家と思しき場所に辿り着いた。彼は私を優しく抱き上げて家の中へと案内した。生活感があまりない部屋。家族はいるのだろうか?家具も少ない。果たして本当にここは彼の家なのだろうか?空き家なのではないか?数えきれないほどの疑問が浮かび上がってきた。エサを手に乗せて戻ってきた彼は腰を下ろし私の頭を2,3回撫でた。どうやら優しい人間のようだ。安堵した私は与えられたエサを1粒残さず頬張った。満腹感を得ると再び眠くなってきて再び眠りについたのであった。

 

 次の日から生活は一転した。朝起きるとまたあの車に乗せられた。到着したのはかなり古びた3階建ての建物だった。そのうちの1階にある部屋に入れられると猫がたくさん待っていた。壁には緑色の板が掛けられている。扉が開く音が聞こえ、見てみると男2人が入ってきた。緑の板に白い何かで文字を書き始めた。猫である私は状況が理解できなかった。男たちは何かを書くとしゃべり、また何か書くとしゃべり、これを繰り返した。何度か繰り返しているうちに彼らの声を聞きそれを真似するように鳴く猫が出始めた。私もそれをし始めた。野良猫時代によくモノマネをしていた私には人間の声を真似することも容易かった。そしてそれをしていくうちに私は全てを理解した。彼らは私たち猫に言葉を教えこもうとしている。人間と会話が可能な猫にしようとしているのだ。元々好奇心が旺盛だった私は楽しくなり、のめり込んだ。次の日もまた次の日も言葉の練習に精進した。

 

 それから3ヶ月すると私を世話してくれている彼が話す日本語は8割以上わかるようになった。そんな私はスーパーネッコである。理解できるのみに留まらず、自らが発することも可能になった。そして彼に「アクアリウム」という日本語ではない名前を付けてもらった。野良猫時代は名前などもっていなかったため、このことが尻尾から嬉しかった。

 

「今日のエサ、何が食べたいんけ?」

「や、人の夢とか食べたいにゃん。」

「バクで草」

「マ?ディスられたから魚の缶詰で妥協して草」

「安上がりで優勝した!」

 

 こんな会話さえできるほどに成長した。猫であることをマウントとするために「にゃん」を語尾に付けることは多々ある。とは言えたとえ人間界で生きるとしても差し支えはないだろう。

 

 その日は突然に来た。今日起こることを暗示しているかのように朝から風が吹き荒れ、雨も強く降っていた。いつものように男の車に乗り学校へ行き、教室に入るといかにも偉そうでスーツを着用した人間が5人、黒板の前に立っていた。その内の中央にいた少しヲタクっぽい顔の人間がおもむろに口を開いた。

 

「今日はそこそこ大事な話がある、だからわざわざ来た。(ヲタク特有の早口)」

 

 このようなことはこれまでに無かったためか周りにいるネッコたちの間からも、当然自分からもただならぬ緊張感が滲み出ていた。

 

「成績優秀者の卒業を発表する。」

 

 ざわめきは大きくなった。確かにこの前、今までに受けたことがないようなテストをしたのをよく覚えている。難易度も高そうに感じたテストだ。何人が卒業するのか?卒業ラインとなる点数はまでなのか?そんなことを考えていた。

 

「卒業認定者は…」

 

「おっ??おぉ??」

 

「1人、正確には1匹、と言えば良いかな。」

 

 1匹。ここには365匹集まっている。その中の1匹。マ?そのネッコ、いくらなんでも有能すぎん?

 

「アクア川リウム児ッッ!!」

 

 マ?いや、マ?「はい」、と返事をしなければならないのは心の中では分かっていた。しかしこれまで培ってきた渾身の言い回しがここでも出てしまう。

 

「漏れだけ呼ばれて草」

 

 スーツのヲタク集団は大笑いした。ワイも流石にまずかったかと思い、頬を赤くするほど恥ずかしがった。

 

 「そういうとこだぞ。俺たちがおまえを認めたのは。」

 

 いや、は?この言語能力が認められたんけ?自分でも意味がわからなかった。しかし1/365になれたと言うだけでもかなりイキることができる。そう思うとうれしい以外の感情はなかった。

 

「おまえは今日、いや、今この場をもって卒業だ。突如連れてこられて今まで、大変だったと思う。よく頑張った。」

 

 そう告げられると私はこの学校を後にした。卒業する事実を知っていたのだろうか?男は既に迎えに来ていた。軽トラックの荷台に乗り込み、家へと向かった。いつもなら家では楽しく会話をするのだが何故か男の様子が違う。暗い。寧ろおめでたい日なのだから明るくなっている筈なのに。結局彼は一言も発さず眠りについた。

 

 そして…。いつもより何時間も早い3時に起こされると早々に車に乗せられた。男の表情は依然として晴れない。心配過ぎて声をかけることはできなかった。

 

 この海に1匹残されて何時間が経過したのだろうか。未だに私はこの場を動くことができなかった。男が消えたと気がついてから深く考え、ようやく全てを理解した。学校の卒業は男からの卒業でもあったのだ。彼は本当に親身になって私の面倒をみた。風貌からは考えられないくらい優しくてネッコ想いの男だった。だから私との別れがつらく昨日、そして今日の別れの時までなにも話すことができなかったのだろう。考えてみれば最近少しゲッソリしていたようにも感じる。元々近いうちにこの日が来てしまうことを知っていて飯が喉を通らなくなったのかもしれない。私もとてもつらい。そして悔しい。もっと彼と話したかった。その一方でこれからどうするべきなのか、不安も募っていた。未来に果たして青空は広がっているのか?不安で不安で仕方がなかった。ある時、男が言っていた台詞を思い出した。

 

「いいか?困った時は誰かを頼れ。1人じゃ生きていけない。俺たちは誰かに支えられて誰かを支えて生きていかなければならない。このことをあく肝に命じろ。」

 

 漁港であろうこの場所には漁師と思しき人間がたくさんいた。話しかけることはしなかったがその漁船の近くに客船のような船を見つけた。それに乗った。1時間ほどで目的地に到着した。おりると見たことがないような風景が広がっていた。それほどあそこから離れた場所ではなさそうなのに空は青く澄んでいた。32歳から96歳くらいに見えるおばあさんが話しかけてきた。

 

「おい、そこのネコ。暇なんけ?」

 

「ありえん暇で草」

 

「そうか。なら家においで。イッヌが飼いたいと思ってたんや。今日からよろしくな。」

 

「マ?ワイはネッコで草」

 

「ネッコなんて四捨五入したらイッヌみたいなもんや、どっちでもええからあく来い。」

 

「マ?行って草、メシはタダで食えるんけ?」

 

「もちろん、たくさん用意するからいっぱい食べてな。」

 

 他人に頼ることで明日からまた生きられる。イキれる。いつかあの男に会った時に立派なイッヌになっていたい。そう思いこれからの生活に希望をもった。いつだって明日は来る。

 

 

 

 

 

No.8 ニコニコパウダー卍

 降り続く雪と暴風に煽られながら帰路を歩いていた。家賃が540円。そう聞いて入居したのは1LDKの救急車。メリットは365日風邪を引いていても安心であること。デメリットはメリットを除く全ての事象。備え付けの火災報知器は呼吸をし二酸化炭素を排出しただけで反応してしまう優れ物だ。当然この環境では温かい料理は食べれないのでほぼ毎日外食をしている。

 彼の名は熱板太郎。あだ名はもちろんホットプレートだ。この国屈指の豪雪地帯で大学に通っている。春夏秋は草むらに迷い込んだイルカを助けるバイト、冬には錦鯉に餌をあげるバイトをして収入を得ている。前者の時給は3,600円、後者は198円。ただこの仕事を2年続けているがイルカが草むらに迷い込んでいるのを助けたことはまだ8回しかない。それでも1体助けるのに10時間は要するので約300,000円は稼いだことになる。一方の錦鯉に餌をあげるバイトは本当に稼げない。10時間働いても1,960円は流石に草。ここの最低賃金は140円なのでそれと比べるとマシではあるのだが。大学では生物系のヲタクをしている。元々生態系には興味があって研究を続けているといったところだ。現在は冬期休暇で自動車学校に通っている。家が救急車であるのにも関わらず免許を持っていない。

 この日は家(救急車)に帰ると暇だったので火災報知器を壊した。そうすることで思う存分に料理ができると考えたからだ。自炊経験はほぼ無かったが徒歩49秒のところにスーペルマルシェがあったので材料を買いに出かけた。冬なので野菜は高いが栄養のことも考え、しっかり購入した。

 救急車に戻り支度を始めた。調理器具を使うのもとても久しぶりで慣れない手つきで時間もかかった。煮込み始めた時だった。外から親子の声が聞こえた。

 

「マ、ママァ〜〜〜!美味しそうな匂いがする!」

「マ?ほんとだ、でもこれ救急車よ。この中で何か作っているとは思えないわ。」

「いや、は?絶対ここだよ。少し覗いてみようよ。」

 

 次の瞬間、扉が開きその親子は車内に入ってきた。彼は驚いた。しかし結局この親子に料理を振る舞うことになった。出来たてのスープカリーはまだグツグツと音を立てていた。

 

「いただきます!」

 

 3人は手を合わせ一口食べた。

 

「うますぎて草!うますぎて草!」

 

 3人は声を揃えて言い放った。深みのある味わい、入れたわけでもない魚介の風味が彼らの味覚にアプローチを繰り広げたのである。ママは言った。

 

「あのぉ…良かったら私と2人でお店…開きません?」

 

 太郎は困惑した。突然にも程がある。しかも身分は学生だ。開業の仕方だってわからない。どこで?どうやって?そして儲かるのか?

 

「っしゃ、やりましょう!」

 

 ノリで答えた。ママは喜び息子は何故かその場で跳ねていた。話をするとママは過去に自分の店を開いた経験があるらしく開店に向けての準備は全てやってくれるとのことだった。その言葉に太郎は安堵した。大学は辞めることにした。と言うのも学生生活はいまひとつ楽しめていないし将来に希望も持っていなかったからである。そしてありえん意味不明なバイトも辞めたかったこともある。一か八か、人生の賭けに出ることを決意した。

 

 「じゃあ私は開店するにあたって金がないのでATM行ってきますね。」

「何円くらいおろすおつもりです?」

「いや、は?ATMは熱海やぞしっかりしろ大学生!」

「あ?マ???????」

 

 真相はこうだ。熱海で店を開くつもりだということ。それは熱海に彼女の金庫があることも起因している。金庫には3万6,000円入っているらしい。明らかに足りなくて草。

 

 時は経ち半年後。穏やかな熱海の海沿いの崖の上にはスープカリー専門店「モスキートうどんちゃん」がそびえ立っていた。オープン当日には地元の人、観光客など延べ30,564人が来店するロケットスタートを切った。

 

 大学を辞めてまで店を開いた太郎。なんとなく立ち寄った救急車で食べた料理をきっかけに見知らぬ大学生とタッグを組み店を開いたママ。息子のチャンも小学生を引退してここのシェフとして現在は働いている。これからも彼らは挑み続ける。ミシュランに料理が掲載される日を目指して。

 

 

 

 

 

No.7 右から5,6番目の事実

 その日私は午前8時から午後8時までパンを売っていた。皆さんご存知の通り私はぽやしみ自然公園駅から徒歩2分の場所に構えられているパン屋だ。開店時間の1時間前に店長、30分前に従業員たちがやってきた。普通、パンは仕込みから何から時間がかかるのでもっと早くから準備をする必要があるのは察しがつくだろう。しかし私はパンはパンでも食べられないパンとして有名なフライパンを売っているパン屋なのよ。木製のフライパンからプラスチック製のフライパンまで、国産のフライパンから土星製のフライパンまで多種多様なものを販売している。

 私は築87年の木造建築だ。檜の木をふんだんに使って一級建築士が建ててくれたことをしっかり覚えている。ネジも木ネジを使っており100%木製である。フライパンを売っている体内も香ばしい檜の香りが漂う。

 そんな私の身体が悲鳴をあげたのはつい先日のことだ。屋根裏部屋の骨が折れたのだ。私にとっての救急車とも言える一級建築士を店長が呼んでくれた。しかし木は既にボロボロに蝕まれていて屋根裏部屋は取り壊されることになった。私はウォンウォン泣いた。私の身体の一部が欠けてしまう。それが87年目にして初めてのことであったからか限りなく悔しく悲しかった。とは言え30年を過ぎた頃から身体の至るところに違和感は感じていた。それでもこの日まで全身全霊を捧げてきた。「限界」の二文字が脳裏を駆け巡った。それでもあと13年という想いは大きかった。

 それから2週間後、致命的な出来事が起きてしまった。午後4時18分、ビニール製のフライパンを買い求めに来た限界ヲタクが店内を歩いていた時、床が陥没したのだ。限界ヲタクはそのまま地下に落ち大腿部を骨折する怪我を負った。これにより店長は1ヶ月の営業停止を決断した。私は自分を責めた。これでは90歳になっても免許を返納しない高齢者と同じだ。私はその手の人種を酷く嫌う。しかし私はそれと同等のことをやった。精神状態はもう限界だった。

 11月某日、寒さも際立ってきたこの日私は暴れた。午前のうちに店の出口を壊し午後になると天井を崩落させた。店長や従業員には感謝をしているので全員が店内にいない時間帯を狙って暴挙に出た。創業以来87年続いた「パン屋ぱにき」は閉店を余儀なくされた。

 2ヶ月後。私は威勢の良いショベルカーとトラクターによって取り壊された。最後には店長自らがフライパンを振りかざして私の破壊に協力した。

 長く厳しい冬はまだまだこれから。保冷剤を首につけてその日をじっと待とう。まるでフライパンが寝るように。

 

(この物語はフィクションです。)

No.6 驚高の殿堂

 ハロウィンの日に似つかわしい不気味な色の空が広がっている。私は数週間程前に舗装されたばかりの綺麗な歩道を少し俯き加減で歩いている。16時を回ったところであるようだ。最近は日が短くなってきて、ついこの前まで明るかったこの時間の空もすっかり暗く感じる。友人と言えるほどの友人を持たない私は一人寂しくハロウィンパーティーをしようと画策していた。そのことで頭の中はいっぱいになっていた私は、目の前に突如現れた黒塗りのカラスに気付くのが遅れてしまった。彼の名はカラス。鳥だ。どうやら羽根に傷を負っているようで苦しそうな顔をこちらに向けていた。時間がない私は少し戸惑いながらもカラスを避けて進むことを決意した。

 3日前に成人を果たした私はまだ自分の誕生日を祝ってさえいなかった。そのため今日この日をハロウィンパーティー兼誕生日パーティーに設定した。20歳となった今、狙うのはもちろんセイクで優勝だ。

 最寄りのデン・キホーテに着くとすぐにワインが陳列されている売り場に向かった。ブルゴーニュにするかボルドーにするか、腹を抱えながら悩んでいた。10分が経過しても結論が出ないため、一旦それは保留し食材を探しに食品売り場へと旅立った。幸いにもカボチャは家庭菜園で育てていたため買う必要はなかった。ハロウィンと言ってもカボチャ以外に何を食べれば良いのか分からなかった私はフライドチキンを購入することに決めた。そして主食はパエリアにしたかったので魚介類を籠に入れた。海老、イカ、ムール貝、アサリ。これをただ入れて炊いても、しょうもない飯が炊き上がるだけなのでターメリックサフランも忘れずに籠に投入した。

 食材を買い終えワイン売り場に戻るとコビトカバが歩いていた。ペット持ち込み禁止の店内をコビトカバが歩く様子は極めて異様だ。さらに飼い主は見当たらない。私は戸惑った。とりあえず放っておくわけにもいかないので先ほど籠に入れたばかりの海老が入った容器を彼の背中に乗せた。すると彼は嬉しそうな表情でこちらに顔を向けた。オブラートに包まれたような笑顔に翻弄された私はボルドーの赤ワインを手に取り彼と共にレジに向かった。途中で誰かに「ペット持ち込み禁止やぞ」と声を掛けられたがペットじゃないわけだし迷うことなく無視した。結局6万3,050円を消費した。驚く程に高額だ。少し気を落としながら店を出ようとした時だった。私の通過と同時にセキュリティゲートが大きな音を立てた。近くにいた店員がすぐに私を取り押さえた。なぜだ?会計は済ませたはずである。何も状況が飲み込めないまま奥の部屋に連れていかれた。

 私はありのままを話した。バッグの中身もチェックされたがもちろん異常は見つからなかった。椅子に腰掛けている時に足元にはまだあのカバがいることに気付いた。何か言いたげな瞳でこちらの様子を伺っているようであった。尋問が終わり店員に連れられ店を出ようとした。すると。ビビービビーッッ!再びセキュリティゲートは作動した。これには店員の頭の上にもクエスチョンマークが浮かんでいる。困惑した店員はどうやらバイトの人間のようだ。彼は焦りながら遂に店長を呼んだ。2分ほど経ったところで40歳半ばに見える紳士がこちらへ出向いてきた。彼が店長であり豪華客船の船長も務めているという佐藤であることは胸に付けた名札を見れば容易く分かることだった。店長はバイトの店員に言い放った。

「ちゃんと確認したのか。こいつ顔から判断してもどう見ても万引き犯だぞ。」

 私は込み上げる怒りを抑えながら彼らの会話に耳を済ましていた。その間、なぜこんな自体になってしまったのか深く考えることもした。例によって足元にはコビトカバがまるで媚を売るような愛くるしい表情でこちらをじっと見ている…は?私はとんでもない事に気付いた。彼の背中には海老の入ったパックが乗っている。果たしてこれの会計はしたのだろうか?記憶を辿る。こいつに海老を与えたのはワイン売り場だ。言うまでもなく会計をしたのはその後。ずっと奴は私の足元を並走していたはずだ。つまりこの海老は会計してないのではないか。震えながら私は店長に言った。

「佐藤店長兼船長!こいつです、万引き犯が分かりました。私は何もしていない。」

 店長は何も掴めない様子だった。少し経って海老がカバに乗っている異常事態に漸く気付いた。結局その場で店長は110番通報しコビトカバ(3)は現行犯で逮捕された。飛んだ災難に巻き込まれた私は肩を落としながら帰路についた。

 家に帰るとリビングは冷えきっていた。木造建築であるため家の柱を切り倒してそれを薪としてくべた。薪ストーブは素晴らしい。温まり方が好きだ。すっかり時間も押してしまったのでパーティーを始めた。食べたいものを食べたいだけ食べ、豪勢にワインも嗜んだ。出費しすぎたと感じ、我に返った私は財布を覗いた。入っているのは100円玉2枚と1円玉8枚、それにデン・キホーテで使えるmazaiカードしか入っていなかった。泣きながらテーブルに突っ伏しているとインターホンが鳴った。パーティーに人を呼んだ記憶はない。恐る恐る玄関のドアを開けるとあのコビトカバが二足歩行で起立している。

 「お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ。」

 思わず悲鳴をあげた。なぜおまえが。しかしこの場を切り抜けたかった私は部屋から買い溜めしていたスナック菓子を3袋ばかり持って奴に渡した。奴はやはり満足した様子で口元をにこっとして帰っていった。

 ハロウィンの日。それは不思議なことがたくさん起こる日。私はその事を頭の片隅に置いた。カボチャは結局食べ忘れたのであった。

 ほら、あなたの足元に…。

 

 

No.5 タピオカミルクティー (4)

 夕方になっても太陽は沈むことを知らず、それどころか蒸し暑くなっていた。ストラスブールはギンギラギンに物々しい雰囲気を装った太陽をカフェのガラス越しに眺めていた。遥子と話すことこそ出来たものの他の面々とはこれと言った会話も無いままに初日を終えてしまった。このカフェは大学を出て5分ほどのところにそびえ立っている。途中の横断歩道で友だちを作れなかった悔しさや疲れからか、黒塗りの高級車に追突してしまいそうにさえなった。ストラスブールは元々、ありえんウェイで鬼パリピだった。口を開けば周りに20人は集まってきたほどだ。平日は放課後にパーティーを行なうのが日課であった程にド陽キャだった。そんな彼がほとんど口を開くことも無く1日を終えたのだからそれは落ち込みに値する。頼んだ珈琲が届くと80℃あるにも関わらず一気に飲んでやった。彼は猫舌である。悲しい想いに浸っていると手元のアイポンが通知音を立てた。

 「こんにちは、遥子です。どこなうで草?」

 それはあの教室で会話をした遥子からのものだった。ストラスブールはありえん嬉しかった。こいつが日本のファーストフレンヨになることを察したからだ。すぐに返信をした。

 「こんにちは遥子。私は今カフェにいます。それは大学の近いところにある!あなたも来ませんか?」

 「そマ?今から行って草」

 ストラスブールは所々にある日本語らしくない箇所を理解出来なかったものの遥子が来てくれることはわかった。珈琲カップを床に叩きつけながら喜んだ。

 僅か3分後、遥子は入店してきた。自動ドアを割って入ってくるという魔剤キッズっぷりを存分に発揮した。流石のストラスブールもこれには驚き、心臓が3.07秒止まった。

 「早かったデスネ、遥子!」

 「信号無視して草」

 「それは良くないコトデス、気を付けてクダサイ。」

 「そり!」

 全く彼女の使う日本語が理解できない。日本語はある程度は勉強して来たからわかるはずだ。開拓学の授業もしっかり理解出来た。それなのにこいつの喋る日本語は理解に及ばない。なぜだ?ストラスブールは頭を抱えた。

 「だ、誰か氏〜wwwタピオカミルクティーを持ってきてくり〜www」

 突然遥子が叫ぶもんだからストラスブールは恥ずかしくなった。 

 「ご注文お伺いします。」

 「タピオカミルクティーを2個、どうぞ。」

 「かしこまりました。ご注文内容ご確認させていただきます、タピオカミルクティーが2つ。以上でよろしかったですか?」

 「でつ!w」

 数分でタピオカミルクティーは届いた。遥子の奢りでタピオカミルクティーが飲める悦びを知ってしまったストラスブールは心が無敗優勝した。

 「タピオカミルクティー、飲んだことある?」

 「初めてデスネ。この丸いのがタピオカ?」

 「ピンポンピンポン.comで草、タピオカって響きがアレに似てない?」

 「アレは何デスカ?」

 「谷岡、ほら暴力団員のさ。日本人なら誰でも知ってるよ。」

 「初めて聞きマシタ。後でググります。」

 「了解!w」

 その後は他愛もない世間話をするなどして盛り上がった。気が付けばデジタル時計の針は18:00を名乗っていた。

 カフェを出てからは魔剤大学前駅まで一緒に帰った。乗る電車は逆方向だったので草は生えなかった。遥子と別れ電車に乗り込み、家に着くとストラスブールはソファに横たわった。今日という1日を振り返り、これから優勝するであろう学生生活を想像し、ニヤけるのであった。

No.4 タピオカミルクティー (3)

 この日はスッキリとした青空に恵まれながらも大して暑くないという素晴らしい朝になった。7月26日、魔剤大学の中庭の2階席では蝉や牛、豚の鳴き声が聴こえていた。1限の授業を持つ羅針盤長三郎教授はこの中庭でのんびりとしていた。1限が始まるまではまだ-15分ある。遅刻。彼の時計は10分遅れているからのんびりしているとも言えるのかもしれない。徐に立ち上がると授業をする教室へと向かう。御年72歳。それでもエレベーターは使わずに階段のみの人生を歩んでいる。息を少し切らしながら教室に入るとガヤガヤと騒ぎ立てている学生たちがいた。とは言え机上には授業で使うものがしっかりあり、根はしっかりしてそうな者ばかりだ。

  「遅れてすまないの。では静かに。始めるぞい。」

そう言うと学生たちは静寂を取り戻した。500人収容の教室に5名もの学生が居座っている。なんだか少し殺風景な様子であった。羅針盤長三郎が受け持っている科目は “日本語開拓学” 。既に存在する日本語を派生させて日本語のヴァリエーションを増やしていくことを目的とした学問である。この学問は近年目覚ましい成長曲線を描いている。彼自身は日本語開拓に関する書籍を既に9冊書いておりこの冬にも1冊の出版が決まっている。現在のこの国における開拓学の第1人者とも言えるのが彼なのである。この授業では2人1組のペアを作って授業をする。しかし残念なことに教室内には奇数とでも言えようか、5人がいる。小学校や中学校では余った生徒と先生がペアを組むといった好プレーは度々飛び出していたのはあなたも記憶にあるだろう。だが羅針盤長三郎はこれを許さない。甘々で舐め腐った考え方だとしておりこういった行為は断じて禁止している。つまりこの教室から1人追い出さなければならない。何で判断すべきか、悩みに悩んだ末、とりあえず5人に自己紹介をさせることにした。

 「登竜門遥子、18歳。以上です。」

 「19歳、一浪した石川絵凛義です。よろしく。」

 「18歳のwやべーやつw矢部みつをでつ!w」

 「Je suis Strasbourg. J'ai 18 ans.」

 「先日誕生日を迎えました19歳、鬼怒川アンです。」

 濃ゆいメンツが集まってしまったようだ。この中から1人を追放しなければならない。羅針盤教授は悩む間もなくに追放者を決めた。

 「エリンギ、ぽめぇが大丈夫だ。名前ふざけすぎやろ。なんだエリンギって、舐めプけ?」

 絵凛義は落ち込むことも無く快諾した。この勇姿には他の4人もスタンディングオーべーションで送り出した。1人減り更に寂しさを増した教室はどこか風情があった。結局追放者を決めてこの日の講義は終わった。講義終了後、ストラスブールは教室に残りおにぎりを食べていた。みんな帰ったのかと思われた教室にはこう見えてストラスブールと遥子が残っていた。

 「ストラスボールくん?漏れ遥子、よろしくね!」

 「ヤァ! ボクハ ストラスブールネ!! ハルコ、ヨロシクヨ!」

 カーテンを閉めきったこの部屋は真っ暗だった。この環境下でおにぎりを頬張るストラスブールは人間なのか。いや、人間だ。天井では大量のこぐま座流星群が輝きを放っている。それに対応するようにストラスブールは6個目のおにぎりを食べている。そう、彼の胃袋がブラックホール。天井が宇宙でブラックホールなのにストラスブールブラックホール。因みに遥子のバイヨ先での仕事はホール担当。何故天井に星が見えるのか。それは遥子が持参したプラネタリウムのお陰からか、天井が星だ。満天の星空の下で絶え間なく流れる流星群はこれからの2人の関係を示唆するようなものであった。

 

No.3 タピオカミルクティー (2)

 No.6の続編です。ですので6を見てない方はそちらを先に、どうぞ。

 

~タピオカミルクティー~

 

 遥子は4階の教室へと向かっていた。彼女もまた、魔剤大学の学生である。この日から大量に留学生が来ることは知らされていたため彼女は心を躍らせながら大学に着弾した。とはいえ1限、2限を完璧に干し、3限からやって来たのだが。

 高校時代の遥子は根暗なウェイだった。部活はせずにバイトに明け暮れる日々。毎日が充実していた。立派なのは高校生活で無遅刻無欠席を貫いたことだろう。ウェイグループにいた面々は皆平気で学校をサボタージュ致したり脱獄したりをしていただけに彼女の頑張りは認めざるを得ない。とは言え頭の方は良くなかった。成績も300人中の390位から398位を行ったり来たりしていた。進路を決める時期になると彼女は勉強に力を入れた。遊んでいた仲間は当然の如く就職の道を選んだ。しかし遥子には夢があった。宇宙人の教師。それが彼女の抱いた夢である。倍率はもはや存在しない。幼少期から宇宙に関する本を多読し関心を深めていった。7月の半ば、彼女は先生に言った。

 「友だちはみんな就職を選んだ。でも私は進学したいです。夢を諦めきれない。」

 「遥子、それは素晴らしいことだ。夢は追いかけていれば決して逃げることはない。追うのをやめたらそこでぽやしみだ。そう、ぽやしみ。」

 「マ?でも今から勉強しても合格できる大学があるとは思えなくて…。」

 「確かにおまえの頭じゃどの大学にも合格は無理だろうな。もちろん、専門学校もだ。しかしそれはあくまでもデータ上の話だ。おまえには運がある。」

 「運…?」

 「うん。」

 「マ?」

 「思い出してみろ。教室にツキノワグマが2頭入ってきた時のことを。あの時はジャンケンで勝った1名が代表して熊退治をすることになっただろ。あの時おまえは持ち前の強運でそのジャンケンを制した。あいこにもならずに1発のチョキでクラス全員を仕留めたよな?あれには先生もお手上げだったよ。」

 「あれは運が良かった内に入るの…?」

 「そらそうよ。」

 「なんかわかんないけどわかった!とにかくやれるだけやってみるよ。で、おすすめのダ、教えてクレメンス。」

 「魔剤大学、都内の大学だ。」

 「聞いたことなくて草」

 「帰ったら調べろ。きっとおまえを受け入れてくれる大学だと思う。入試形態は一般と推薦があるが一般じゃ無理だ。推薦を目指そう。面接ガチれば即合格のぬるいやつだ。」

 「了解。がんばりまつ!」

 こうして遥子は魔剤大学の面接を受けることに決めた。魔剤大学の面接は夏と冬に2回ある。いずれも1次を通り2次を勝ち抜く必要があるシステムだ。1次も2次も同日に行なわれる。夏の推薦の締切がもう目と鼻の先に迫っていることに気付いた彼女はすぐに書類を提出した。

 夏の推薦入試当日。どんよりとした快晴の中レインコートに日傘の独創的ファッションで会場へ足を運んだ。順番はすぐに回ってきた。

 「登竜門遥子さん、どうぞ。」

 「失礼します。受験番号34、登竜門遥子です。」

 「こんにちは。早速ですが今気になっている芸能人を教えてください。」

 「ロバートグリーンです。」

 「(誰やそいつ…)どんなところが気になるのでしょう?」

 「顔ファンです。それだけです。」

 「わかりました。ありがとうございます。私の知らない芸能人のようなのでこの1次面接終了後に調べておきます。次に趣味を教えてください。」

 「はい。ラーメンのスープに浮いてる円の形をした油がありますよね。あの油同士を箸でひたすら繋げて大きな円の油を作ることです。」

 「(わけがわからない…)なるほど、私はやった事がないので1次面接終了後にラーメン屋を訪ねてやってみます。最後に高校で頑張っていること、教えてください。」

 「登校することです。友だちは皆学校に来なくなりました。私も休みたいですがここで脱落するわけにはいかないので頑張って行ってます。はい。」

 「強い心を持っているようですね。熱が伝わりました。1次面接は以上になります。13時に合否を貼り出しますのでそれまでお待ちください。」

 「ありがとうございました。失礼致します。」

 彼女自身、手応えは感じていた。言いたいことは全て言えたことで達成感も溢れていた。

 13時。合否の書かれた紙が正門近くの池の近くに貼り出された。34、その数字はどこにもない。それどころか3や4の付く番号の受験者は誰ひとりとして受かっていない。

 「落ちて草」

 先生と両親にそのLINEを送った。両親からのメッセージはすぐに届いた。

 「流石に草」

 先生からのメッセージは家に帰り両親と話している時に到着した。

 「マかぁ、マなのかぁ。冬に受かろうな。」

 夏の暑さのせいかとても熱意のある文章に感じた。その後の両親との話し合いの末、冬にもう1度魔剤大学を受験することに決めた。ここしかない。決心は堅かった。

 そして人生をかけた冬の受験日。この日は都心でも氷点下を記録するなど寒すぎた日だった。前日の雨によって形成された水たまりには氷が張り、受験生は決して滑ることのないようにそっと抜き足差足で歩いた。そんな中を堂々と歩く遥子は転倒し幸先の悪いスタートとなった。会場は夏よりも人がいてカオスだった。名前がコールされるとアカデミー賞受賞者のような足取りで部屋へ向かった。

 「11番、中へ、どうぞ。」

 「失礼しまつ。」

 「(しま “つ” …?)ゴホン、おはようございます。」

 「おはようございます、質問あくしろよ。」

 「はい。今回は質問は一つです。しっかり答えてください。道端にダンボールがあり、中には子犬が1匹入っています。あなたはどうしますか?」

 「そうですね。箱を持つでしょう。そして家に持ち帰ります。犬はとりあえず役所に連絡して対応してもらいたいですね。ダンボールはゴミの収集日を待って処分したいと思います。」

 「なるほど、以上です。12時の合否貼り出しを待っていてください。」

 そして12時。貼り出された紙を見に行くとそこには11番の文字が掲示されていた。1次面接合格。午後の2次面接の切符を得た彼女は満足げな表情で転んだ。次の2次面接は14時からだった。昼食を済ませダラダラ床で寝ていると呼ばれた。

 「11番、入室して、どうぞ。」

 「マ?失礼しまつ。」

 「こんにちは、1次面接合格おめでとうございます。これから2次面接に移ります。質問は1つのみです。では始めます。魔剤大学を志望した理由を教えてください。」

 「はい。私はとても頭が良くないです。でも夢があって諦められないです。その夢は宇宙人の教師です。その夢を叶えるには国際的な経験も必要だと考えました。そのためにはやはりこの大学は視野に入りました。さらに、偏差値は鬼低いので私にピッタリだと感じました。ここしかない。神様が告げている様でした。以上が志望動機です。」

 「あっ(困惑)ありがとうございました。退出して、どうぞ。17時に結果を貼りだします。」

 17時、正門前はザワザワしていた。少し遅れてやって来た遥子の目は5分ほど探してようやく11番の文字を捉えた。合格。目は死んでいるが心は喜んでいた。

 あれから数ヶ月。この夏の魔剤大学の構内に遥子はいる。これから始まる留学生との交流を心待ちにして3限の授業を受けていた。遂に明日の1限で留学生と対面することになる。北海道で食べる海鮮丼の上に乗ってる捌きたてのイカのように手足を躍らせて明日を待つのであった。